【小学生クイズ】エコなぞくんと学ぼう!「”マッサン”こと竹鶴政孝が余市町で作ったジュース、原料の秋の果物は何?」

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答えはリンゴだよ!

マッサンはもともとはリンゴジュースを製造していた

竹鶴政孝といったら、「ニッカウヰスキー」の創業者として広く知られているんだけど、もともとはリンゴジュースを製造していたんだ。

ウイスキーの製造から実際に製品として売り出すまでには何年もかかるから、その資金作りのために、余市町やその周りでそのころ特産品になっていたリンゴをジュースにして売り出した、というわけ。

実際、会社ができたのが1934年、リンゴジュースを売り出したのは35年なんだけど、ウイスキーを売り出すようになったのは40年。

ウイスキーを作るのにはそれだけ長い年月が必要なんだね。

 

竹鶴さんのウイスキーへの情熱は今も生き続けている

会社としての「ニッカウヰスキー」はそのころ、「大日本果汁株式会社」という名前だった。そうなんだ、「ニッカ」はもともと、「大日本果汁」の略称「日果」のことなんだよ。

竹鶴さんが本当に作りたかったのはウイスキーだったけど、資金を作るための工夫も欠かさなかった、ということなんだね。

できるだけ品質の高いウイスキーを作る、という決意で作り続けてきた結果、2001年には、有名なウイスキー雑誌で世界最高点を獲得したり、07年にはウイスキーのコンテストで世界最高賞をとるまでになったんだ。

竹鶴さんは1979年に亡くなったんだけど、竹鶴さんのウイスキー作りへの情熱は、余市の工場に今も息づいているんだね。

 


監修:小園 拓志(こぞの ひろし)
1977年、門別町(現・日高町)生まれ。96年に私立灘高校(兵庫県)、2000年に東京大学法学部を卒業後、故郷の北海道に戻り、新聞社に就職し今に至る。 日本テレビ系「アメリカ横断ウルトラクイズ」にあこがれる少年時代を過ごし、灘中学進学後の91年、高校と合同でクイズ同好会を設立、95年まで活動。その後、10年以上クイズから離れたものの、2009年にYouTube上の番組「ウルトラクイズハットちゃん第6回東京大会」で久々にクイズに打ち込んでクイズ熱が再燃。プレイヤーとして年に数回、道外に遠征する傍ら、道内では中高大生の育成を目的に「北海道新人王」の開催など大会運営に携わっている。目立った戦績に乏しいが、2015年5月にJRA札幌競馬場で開催された大会「クイズdeダービー!」でなぜか優勝。スタッフ業としては、HTBほか世界各国で放送された、北海道好きの外国人が道内を巡りながらクイズに答える番組「北海道ドリームゲームショー」(15年)、「北海道ドリームクイズ」(16年)で問題監修を担当した。 問題作りの信条は、クイズのために勉強して知った知識ではなく、新聞やテレビ、学校の勉強、街歩きなどで知った「生きた知識」を大事にすること。「エコチル」紙上でも、ただ知るだけではなく、知った後に、身の回りのことから世界のことまでを考えてもらえるようなクイズを出していきたい。

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